財団の概要


加藤与五郎博士と財団の設立






加藤 与五郎 博士


加藤 博士 の真筆

    加藤博士は明治 5 年(1872 年)愛知県刈谷市(当時の碧海郡野田村)に誕生しました。尋常高等小学校卒業後は、中学校に進学しないで小学校教師として働きながら、独学で英語や数学を習得し、京都の同志社ハリス理化学校(同志社大学工学部の前身)に入学しました。卒業後は仙台市立東北学院の教師になりましたが、間もなく加藤博士の教授法の素晴らしさが評判になり、第二高等学校の数学の教師に推薦されました。しかし大学を出ていないことが判り不採用になって仕舞いました。この事に発奮された加藤博士は、明治 33 年(1900 年)京都大学理学部化学科に入学されました。大学卒業後直ちに渡米して MIT のA. A. ノイス教授の助手となり、W. D. クーリッジ(後のタングステンフィラメントの発明者)と寝食を共にしながら約 2 年間ノイス教授の薫陶を受けました。

帰国後は東京高等工業学校ならびに東京工業大学電気化学科教授として、わが国の電気化学工業の発展と創造発明の普及に大変な情熱を傾けるとともに、自らも沢山の創造発明をされて、独創的研究開発の模範を示されました。その代表的なものがフェライトの発明です。加藤博士は昭和 5 年(1930 年)に愛弟子の武井 武助教授と共に酸化物が実用的な磁性材料になり得ることを世界で初めて発見しました。すなわち、OP 磁石(Fe3O4 と CoFe2O4 の固溶体)を三菱電機(株)大船製作所で、オキサイド・コア(CuFe2O4 と ZnFe2O4 の固溶体)を東京電気化学工業(株)(現在の TDK (株))で工業化しました。その他グアニジン(有機肥料)、酢酸繊維素など 250 余の特許を取得されました。

わが国の国際情勢が緊迫して、アルミニュームの原料であるボーキサイトの海外からの輸入が覚束なくなった昭和 14、15 年頃に、加藤博士は当時の東京商工会議所会頭の藤山愛一郎氏(後に岸内閣の外務大臣就任など政界でも活躍)から沖縄の北大東島産のリン酸礬土頁岩よりアルミニュームを精錬する方法を依頼されました。加藤博士は硫酸法による製造法を発明し、藤山氏が八戸に日東化学工業(株)を設立して工業化することに貢献されました。藤山氏はその特許料として 30 万円を加藤博士に支払われましたが、加藤博士はそれを文部省に寄贈されたので、文部省はそれを基金として東京工業大学に資源化学研究所を創設しました。藤山氏は公式の特許料の他に謝礼として 15 万円を加藤博士に贈呈しましたので、加藤博士はその中の 3 万円を基本財産として昭和 17 年(1942 年)に当財団を創立し、科学に関する学術研究の奨励と科学教育の振興に努めることに致しました。今年は当財団創立以来 60 余年になりましたが、この間に加藤博士ご自身ならびにその他のご寄付により基本財産が増加し、現在は 22 億円余になっております。

加藤博士は、昭和 26 年(1951 年)に 79 歳で東京工業大学における総ての職を辞された後も、創造研究開発の大切さを、誠心誠意伝えたいという熱意は少しも衰えることなく、昭和 35 年(1960 年)に私財を投じて軽井沢に創造科学教育研究所を設立し、自ら若い研究者の指導ならびに教育に携わりました。この教育研究所は、その後当財団軽井沢研修所と改称され、2400 坪の敷地に鉄筋コンクリート 2 階建て約 350 坪の建物に発展し、毎年大学の先生と学生、会社の研究者達に開放し、利用されております。

加藤博士は、「創造発明は心が清くなければ完成出来ない」、「創造発明は高価な設備から生まれるものでなく、直感から生まれるものである。その直感はハードトレーニングによってのみ生まれる」、「精神を統一し真剣に取り組めば、何事でも可能になる」、「若し研究に行き詰まったら神に祈れ、天は自ら助けるものを助ける」と常に申しておりました。そして昭和 42 年(1967 年) 8 月、脳軟化症のため熱海の自宅で永眠されました。享年 95 歳でした。


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役員





役 職氏 名役職 又は 履歴常勤・
非常勤
理事長齋藤 俊次郎元 TDK ㈱ 専務取締役非常勤
常務理事岸  富也慶応義塾大学 名誉教授
理  事大谷 隆彦同志社大学 名誉教授
岡本  明公益財団法人 加藤科学振興会 理事
・事務局長
常勤
加藤 國美外科医非常勤
谷口  功国立高等専門学校機構理事長
熊本大学 前学長 顧問 名誉教授
平塚 信之埼玉大学 名誉教授
渕上 壽雄東京工業大学 名誉教授
野村 武史昭栄化学工業 ㈱ 取締役
山﨑 舜平㈱半導体エネルギー研究所 代表取締役社長
監  事今野 光明元 TDK ㈱ 取締役執行役員
山元  洋明治大学 名誉教授



役 職氏 名役職 又は 履歴常勤・
非常勤
評議員飯村  勉元 日立金属㈱ 磁性材料研究所 技師長非常勤
岩舘 泰彦千葉大学 大学院 工学研究科 教授
卜部  卓元 東京大学 地震研究所 准教授
澤部  肇TDK ㈱ 相談役
田坂 明政同志社大学 工学部 名誉教授
土屋 隆生同志社大学 理工学部 教授
中川 茂樹東京工業大学 工学院 電気電子系 教授
望月  晃元 三菱マテリアルシーエムアイ㈱ 社長
山本  孝防衛大学校 名誉教授
渡邊 英雄元(独)産業技術総合研究所 産業技術指導員


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歴代理事長の略歴




  • 初代理事長 加藤与五郎(1942 年 ~ 1967 年)

京都帝国大学理学部化学科卒業(1903 年)、直ちに渡米して約 2 年間 MIT の A.A. ノイス教授の薫陶を受ける。帰国して東京高等工業学校ならびに東京工業大学電気化学科の教授を務む(1905 年 ~ 1942 年)。その間、1934 年に東京工業大学建築材料研究所の初代所長、1939 年に本人の寄付に基き付置された東京工業大学資源化学研究所の初代所長などを務む。また1933年に電気化学協会を創立して初代会長となる。1957 年 11 月文化功労者に顕彰され、同 12 月軽井沢名誉市民に推される。1960 年軽井沢に創造科学教育研究所を創立。1964 年 11 月勲二等旭日重光賞を受ける。1966 年 3 月野田の生家に顕彰碑が建設される。1967 年 8 月 13 日午後 4 時永眠(享年 95 歳)。2000 年刈谷市名誉市民に推挙され、2001 年刈谷市南部生涯学習センター内に加藤与五郎展示室が設置される。

参考資料:加藤与五郎著「創造の原点」 共立出版(株)発行(1978 改題第 6 版)
安達竜作著「加藤与五郎、人とその生涯」(財)加藤科学振興会発行(1974)
松尾博志著「武井 武と独創の群像」(株)工業調査会発行(2000)

  • 二代理事長 佐野 隆一(1967 年 ~ 1976 年)

東京高等工業学校応用化学科で加藤与五郎教授の指導を受けて卒業(1910 年)、1920年加藤教授の紹介で東北電化(株)に技師長として入社しフェロアロイ事業に着手する。1925 年合資会社鉄興社(1928 年株式会社に改組)を設立してフェロアロイの国産化に成功する。1938 年フェロアロイメーカー十数社を糾合して日本フェロアロイ協議会を設立し、品質と能率の向上に努めてわが国の製品を米国、イギリスなどに逆輸出することに成功。1948 年日本フェロアロイ協会を発足させて初代会長に就任し、1964 年まで業界の発展に尽くした。また生涯を通して加藤教授に師事し、日本のソーダ工業、電熱冶金工業の発展などに大きく貢献した。その間に、伊豆銀行(現静岡銀行)頭取、電気化学協会会長、蔵前工業会理事長、経団連理事、日本経営者団体連盟常任理事、日本化学工業会常務理事などを務め、また藍綬褒章、緑綬褒章、紫綬褒章、勲二等瑞宝章を授与される。晩年は郷土三島市の福祉事業に貢献したり、佐野美術館を建設して1965 年三島市名誉市民となる。1977 年 5 月 29 日永眠(享年87歳)。

  • 三代理事長 武井  武(1976 年 ~ 1992 年)

東京高等工業学校電気化学科で加藤与五郎教授の指導を受けて卒業(1920 年)、東北帝国大学理学部卒業(1927 年)、東北大学金属材料研究所助手(1927 年 ~ 1929 年)、東京工業大学電気化学科助教授(1929 年)、加藤与五郎教授とフェライトの発明(1930 年)、東京工業大学教授(1936 年 ~ 1948 年)、理化学研究所所員、主任研究員、招聘研究員(1949 年 ~ 1963 年)、その間に金属表面技術協会を創立して初代理事長(1950 年)、慶應義塾大学工学部教授(1952 年 ~ 1969 年)などを務め、また本多記念賞(1964 年)、勲二等旭日重光賞(1969 年)、第 1 回国際フェライト会議武井賞(1984 年)、米国セラミックス協会名誉会員賞(1990 年)などを受ける。さらに電気化学協会(1961 年 ~ 1962 年)および粉体粉末冶金協会の会長(1970 年 ~ 1971 年)、第 1 回(1970 年)および第 3 回(1980 年)国際フェライト会議組織委員長などを務め、1978 年 11 月文化功労者に顕彰され、同年埼玉県与野市名誉市民第一号に推される。1992 年 3 月 12 日永眠(享年 92 歳)。

  • 四代理事長 山崎 貞一(1992年~1998年)

東京工業大学電気化学科で加藤与五郎教授、武井 武助教授の指導を受けて卒業(1935 年)の後、研究助手として大学および富士電機(株)でフェライトコアの研究に従事、陸軍に入隊して陸軍少尉に任官(1936 年 ~ 1938 年)、齋藤憲三氏の創立した東京電気化学工業(株)(現在の TDK(株))に蒲田工場長として入社(1938 年)、同社常務取締役(1940 年)、1941 年陸軍に召集され、陸軍中尉に任官して除隊(1943 年)、同社取締役社長(1947 年 ~ 1969 年)、その後、同社取締役会長、常任監査役を経て1983年に相談役となり、亡くなる直前まで勤めた。立派な人格者で、多大の社会貢献をした。例えば、電気化学協会ならびに粉体粉末冶金協会会長、東京工業大学後援会常務理事、経済団体連合会理事、新技術開発事業団理事、齋藤憲三顕彰会理事長、材料科学技術振興財団理事長など。藍授褒章(1961 年)、粉体粉末冶金協会功労賞(1970 年)、秋田県文化功労賞(1973 年)、勲二等瑞宝賞(1979 年)、秋田県名誉県民の称号(1989年)などを受ける。1998 年 11 月 20 日に永眠(享年 89 歳)、1960 年以来当財団の理事として、誠心誠意当財団の発展に尽力され、1998 年に私財 13 億円を当財団に寄付された。

  • 五代理事長 杉本 光男(1998 年 ~ 2006 年)

東京工業大学電気化学科で武井 武教授の指導を受けて卒業(1945 年)、在学中にマグネタイトを主体とする電波吸収体の試作に成功し、海軍の潜水艇に実装する。武井研究室助手、東芝マツダ研究所員、理化学研究所副主任研究員、埼玉大学工学部電子工学科教授、同大学工学部長、帝京平成大学情報工学科教授、同大学理事兼教務部長などを歴任する。その間に日本応用磁気学会会長、粉体粉末冶金協会副会長、電気化学協会理事などを務め、科学技術庁長官賞(1968 年)、科学技術功労者として東京都知事賞(1968 年)、紫綬褒章(1976 年)、市村賞並びに加藤記念賞(1982 年)、日本応用磁気学会賞(1989 年)、およびドイツ BSFS 社論文賞(1991 年)、粉体粉末冶金協会功労賞(1989 年)、第 3 回国際フェライト会議武井賞(1992 年)などを受ける。とくに 1949 ~ 1963 年に理化学研究所で恩師武井 武博士と共に日本のフェライト研究とフェライト工業が世界のトップレベルに達するよう貢献し、また国際フェライト会議の創設に尽力した。第1回(1970 年)および第3回(1980 年)国際フェライト会議事務局長、第6回(1992 年)および第 8 回(2000 年)の国際会議の組織委員長、1992年からは国際フェライト会議国際委員会委員長を務める。

  • 六代理事長 斎藤 俊次郎(2006 年 ~ )

慶応義塾大学工学部応用化学科を武井武教授の指導を受け卒業(1962 年)、引き続き武井教授指導の下、同大学大学院修士課程及び博士課程にて“湿式法による微粒子フェライトの生成に関する研究”を行なった。博士課程修了と同時に東京電気化学(株)(現在の TDK(株))に入社し(1967年)、その研究成果を活用して各種フェライト材料の開発、商品化を行なった(1967年~1970年)。その後フェライト電極、引き続き新金属電極の開発、商品化を行った(1973年~1982年)。次いで開発部門等の責任者を務め、チップコンデンサー用材料の開発、各種光デイスクの開発、商品化等の責任者として新製品の創出を行った(1985年~1990年)。次いで有機ELの研究を提案、研究開発、商品化等の担当役員となり、新表示素子の事業部門を立ち上げた(1990年~2002年)。2003年にTDK(株)を退職後、(株)半導体エネルギー研究所の監査役を務めている。この間1996年に(財)加籐科学振興会監事、1999年同理事、また同年より(財)斎藤憲三顕彰会理事、2002年~2003年には(社)電気化学会会長を務め、2003年より(財)材料科学振興財団評議員、2007年より(財)加籐山崎教育基金の評議員として研究開発活動を側面からの支援に努めている。活動に対し、1982年に電気化学協会棚橋賞、1996年に加藤記念賞等を授与された。また2000年には英国クランフィールド大学より名誉博士号を授与された。



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定款



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財務のあらまし



■ 平成 29 年度事業計画・予算

■ 平成 28 年度事業計画・予算

■ 平成 27 年度事業報告・決算報告

■ 平成 26 年度事業報告・決算報告

■ 平成 25 年度事業報告・決算報告

■ 平成 24 年度事業報告・決算報告

■ 平成 23 年度事業報告・決算報告



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事務局




事務局長:岡本 明



住所〒100-0004 東京都千代田区大手町 2-2-1
新大手町ビル新館 2F 260 区
TDK (株)大手町分室内
(公財)加藤科学振興会事務局
TEL.03-3272-2657
FAX.03-3272-2658
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JR東京駅: 丸の内北口から徒歩 3 分
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